大新聞時代

日曜の朝は朝刊・書評欄の在確から始まる。「書評欄に掲載された本は“ほぼ、必ず”“最低でも一冊は”売れる」というのは書店員にとって常識だが、一般の(特に若いネットユーザーの)感覚からは意外だろうと思う。
新聞の紙面スペースは極めて限られているので、書評の長さには自ずと限界がある。結果、書影入りで取り上げられた数点以外は、簡単な内容紹介と感想に留まっている。書評としてはまぁ、普通だ。それこそ書評サイト回ったり、雑誌の書評欄を立ち読みした方が興味深いものに出会えると思う。
しかし、売れる。もちろんそれは「普段は書籍情報を積極的に求めていない層が読んでいる」せいも多々あるだろう。だが問題は取り上げられる本だ。そういうライトな層を意識してるのだろうか?その割にはあまり広く人気を集めそうな感じのしない著者を取り上げたりする事も多いし、限定的・専門的な人文書が取り上げらる事もある。それでも売れるのだから、やはり何だかんだと言っても、未だ新聞の影響力は絶大なのだなぁと実感する。
下手に大衆迎合的にならず、書き手が「良い」と思ったモノを発信するというのは、新聞の存在意義に照らし合わせても良いことだと思う。ただなぁ・・・あまりにもマニアックで、地方小扱いの書籍だったりすると、店頭に在庫が無いわけですよ。「必ず売れる」と言ってもそれは「その日(か、或いは2〜3日中)に在庫があれば」って話なので、ショタレを覚悟して発注するのも難しい。総じて納品スパン長いしね。発信ってのは受け手の受信があって意味があるものですから、これに関して言えば、読者がその本を手にした時点で目的が達成されると思うのです。
ぶっちゃけて言うと「北海道新聞さん、事前に書評欄掲載作品一覧を教えて下さい!」って事なのですが。