『ナラタージュ』読了

状況的に同じ本を再読してる余裕は無い筈だけど、恐らく近いうちに読むだろうな。第一印象とは打って変わって、そこまで思えてしまった作品でした。
「なぜ自分は、ここまでこの作品に深い感銘を受けたのだろう?」と自問してみると、これはなかなか不思議です。ブログ等で書評を漁ってみると、最も頻繁に登場するのが「ここまで深く、人を愛してみたい」というモノ。私は・・・どうなんだろな。結局のところ「そんなに人を好きになった事が無いからわからん」ってのが、正確なトコロなのかも。まあそういう言い方をするのは、過去に付き合ってた人達に対して凄く失礼なコトかもなとも思いますが・・・コレばっかりは仕方ねぇやな。
やっぱり、この作品で語られる「人を好きになる云々」って話には、自分はそんなに共感出来てないですよね。「小野君の気持ちは大変よくわかります。本当にありがとうございました。」くらいにしか。
読んでると自分の大学時代がリアルに想起されました。これをもって「自分の青春小説スキーなノスタル爺的感性にスマッシュヒットした」という、単純な理由を求める事も不可能では無いですが・・・これも、しっくり来ないなぁ。もちろん、そういった方面からも高い評価を与えてはいますが、それだけの作品ならゴマンとあるわけで。
作品を読みながら度々考えていたのが、「人を好きになるとは、どういうことなのか。私があなたに与えられるモノ、与えてもらうモノ。そういう精神的ギブアンドテイクが、恋や愛情ってものの本質だろうか?さりとて、「一緒にいるだけで云々」的な、極めて内面的かつ不安定な要素に一任されるべきものだろうか?」という事。そうか。そういう「愛とは?恋とは?」的な事を潜在的に考えてるという下地があって、この作品のテーマがピッタリと合致した、そういう事なのかも。そういうテーマの作品は色々あるけど、そこに深く割り込んでくるのはこの作者の筆力だろうし、作品と自分の波長が合ったのでしょうね。
しかしなぁ・・・結局私は「アイノカタチ」的な自分探しをしてただけか。25にもなって。へー。全然、気付かなかったな。アレ・・・? ♪なぜだか涙が出て来ちゃう。だって、男の子だもんっ
久々に愛だの恋だのといった事を真剣に考えて、それを文章にした今、糞尿を部屋に撒き散らかしたい衝動に駆られます。♪誰か羽交い締めしててくれ〜 一人きりじゃ危険すぎるから〜(タイムフォーエロガイム)
こういう所が一人の人間として、私の最もダメな部分だなぁと嗚咽at脳内。「お前は生きていてはいけない人間なんだっ!」ってカミーユが瞬殺at脳内。

ナラタージュ

ナラタージュ